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| 2004年5月17日付 |
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腹がペコペコだったので、オーッとばかりに食べ始めたが、食べても食べても終わらない。それでも全部食べてしまった。結局、その夜、飛行機の中で夕食を食べそこねた。
夕方、ピーターとジュデイが車で私をエアポートまで送ってくれた。2カ月もお世話になってしまった。ホバートのエアポートは旭川空港にそっくりで、乗り降り手続きも簡単なものだ。手を振って、ピーターとジュデイと別れ、夜の七時にタスマニアを離れた。
私の隣の席は、珍しく日本人の若い女性だった。日本人と直接、話すのは2カ月ぶり(電話で、フミコと話したのは別として)で、何か話し方がギクシャクしているのが自分でもわかった。
多分、常に英語にとり囲まれ、話す時も自分の少ないボキヤブラリーで表現していたのだろう。彼女は学生で、シドニーに留学して今年4年目という。「こちらに良い仕事があれば残りたいけど、なさそうなので来年は日本に帰ろうかどうしようか迷っているのです」と彼女は素直に言った。
北海道の江別で生まれ、2年過ごしたので「時々北海道にも行きました」と懐かしそうであった。
「永住権を取っても仕事がないのじゃ意味ないように思いますし、皿洗いまでして残っても、それじゃ大学で4年間勉強した事が生かせないですものね」と彼女は言った。
オーストラリアは日本よりも仕事が少ないらしい。経済成長率は日本よりも低いわけだし、農業国であるし実際には白人優先社会が根底にあるのだろうから、いい仕事にありつくチャンスは少ないだろう。
「大学への政府からの予算も年々削られて、余裕がなくなっているので、留学生はネギを背負ったカモみたいなものですよ」と彼女は笑った。それだけの高いお金を払って大学に行っても、就職出来ないのじゃ本当にカモネギだと私も思う。
海外留学というのも再考すべき時期に来ていると思う。花嫁修行くらいのつもりなら、さして問題もないが、大学を卒業して条件のよい会社への就職を考えるならやめた方が利口かもしれない。私みたいに社会からドロップアウトしてみたければ話は別であるが。
国際感覚を身に付ける事も大切であるが、若い時期に中途半端に外国で過ごすとアイデンティティーの問題で悩む事になる。それを一生引きずっていくかもしれない。
私は日本で生れ育ち、30歳の時に初めて外国へ行った。外国で暮らした。だから日本人としてのアイデンティティーは既に自己の中で確立されており、アイデンティティーの事では悩まずにすんだ。
しかし、骨の髄まで日本人だから、逆に外国には溶け込めないし、根を下ろせなかった。なじめないのだ。外国へいくのは旅が好きだからである。何年外国に居たって必ず日本に帰って行く、そういう人間だ。
(写真=シドニーベイの水上バスからシティーを見る)
著 者 紹 介
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| 栗岩英彦さん(59)の「オーストラリア自転車の旅・パートU」をシリーズで掲載します。栗岩さんは長野県出身。東京農大卒。会社員生活のあと「世界一周の旅」を目指しインド、アフリカ、アフガニスタン、パキスタン、ヨーロッパ、南アフリカなどを訪問。平成3年下川へ。7年から北町でレストラン「モレーナ」経営。14年2月から4月までオーストラリアのタスマニア島(州)を自転車旅行。同島は北海道とほぼ同じ面積。旅行記は同島に近い小さなフリンダース島から始まる。 |
[ 2004-05-16-17:00 ]
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