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| 2004年5月3日付 |
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知る事で今と昔が、時間でつながっていく、それが歴史というものだろうか。
岬の端まで行き、岩の上で寝転んで広く青い空を見た。そのあと右手の森の中に入り再び歩いた。道は登りとなり、かなり急になった。
30分近く登り続け、あえぎながら頂上に着いた。反対側は目もくらむようなクリフ(崖)だった。500メートルくらいの高さで、ずっとはるか下の方で波が岩を喰らんで白く泡立って、レースかざりのように見えた。ピーターに足をホールドしてもらって、体を横にして、岩の上から身を乗り出して下を見たが、息が止まるような気がした。
私が思わず「ウワー!」と叫ぶと、ピーターとジュデイが笑った。私達は、そこでしばらく眺めを楽しんでから帰路についた。
暗くなる頃、小さな町に着き、店でフイッシュ&チップスをどっさり買った。ピーターのいとこが、経営している店だった。そのあと車でしばらく走って、ピーターの妹の家に行った。
ピーターのお父さんと飼犬のマックスが迎えてくれた。ピーターの妹夫婦はまだ帰宅していなかった。マックスは、人なつっこい犬で、私はチャーリーの事を懐かしく思った。
キッチンでバカでかい魚のフライとチップスを皿にたっぷり盛って、ピーターとジュデイと私の三人で、ビールを飲みながら夕食をとった。ボリュームがあり、腹ペコだったのでうまかった。
3人分で、14ドルだった。お腹も一杯になった。ピーターのお父さんはグリルで、ソーセージを焼きガスレンジの上でジャガイモをゆでていた。
私達が夕食を終え、ビールを飲んでいると、ジュデイの妹夫婦が帰ってきた。大きな旅行カバンも一緒だ。何日かメインランドへ旅行に行っていたのだと言った。マックスは嬉しくて、ピョンピョンはねていた。旅行中は、お父さんが留守番をしていたのである。
お父さんと、妹とコージ(妹のダンナ)が食堂のテーブルで夕食を始めた。
マッシュドポテトと焼きソーセージ。それとシルバービーツをゆでたものだ(パンは食べない)。塩と酢とコショウを適当にふりかけて、皆は食べ始めた。旅の話や、留守中のマックスの事で家の中は明るく、にぎやかで一人暮らしをしているお父さんも、楽しそうだった。
お父さんは、5年前ピーターのお母さんが亡くなって、タスマニアの北西のスミットンの古い家をたたみ、ホバートに来て家を買い、今は一人で暮らしているという事である。
父と母の写真が妹の家の壁にあったが、お母さんは明るい人の良さそうな、プリテイーな人だった。ピーターの妹はお母さんに似ている。そのあと、私達は家に戻り、テレビを入れ見ているうちにねむくなり、ベットに行った。
(写真=一人ぽっちのキャンプも楽しい)
著 者 紹 介
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| 栗岩英彦さん(59)の「オーストラリア自転車の旅・パートU」をシリーズで掲載します。栗岩さんは長野県出身。東京農大卒。会社員生活のあと「世界一周の旅」を目指しインド、アフリカ、アフガニスタン、パキスタン、ヨーロッパ、南アフリカなどを訪問。平成3年下川へ。7年から北町でレストラン「モレーナ」経営。14年2月から4月までオーストラリアのタスマニア島(州)を自転車旅行。同島は北海道とほぼ同じ面積。旅行記は同島に近い小さなフリンダース島から始まる。 |
[ 2004-05-02-17:00 ]
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